新潟地区新進大会

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7月29日・30日に新潟市庭球場で、新潟地区新進大会が開催されました。

この大会は3年生が抜けて1年生2年生が主の大会で、秋地区のシード決めの大会です。

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あいにく初日は天候が悪く、競技進行が2日目にずれ込むなどして、遅れておりましたが、無事に大会競技は終了致しました。

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さて選手の皆様、日ごろの練習の成果が出せましたでしょうか・・・?

 


フェデラー敗れる・・・。

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男子テニスツアーのベット・アット・ホーム・オープン(ドイツ/ハンブルグ、レッドクレー)は21日、シングルス決勝が行われ、第12シードのF・フォニュイーニ(イタリア)が予選から勝ち上がったF・デルボニス(アルゼンチン)を4-6, 7-6 (10-8), 6-2の大逆転で下し、先週のメルセデスカップに続き2週連続の優勝を飾った。また、フォニュイーニは初戦敗退を喫したウィンブルドン以降、10連勝を記録している。

試合後、優勝したフォニュイーニは「素晴らしい1週間だった。信じられないし、本当に嬉しいよ。」と、喜びを語った。

準優勝のデルボニスは、今大会で予選2試合を勝ち抜き、本戦では第10シードのT・ロブレド(スペイン)、第14シードのF・ベルダスコ(スペイン)、さらに第1シードのR・フェデラー(スイス)らを破る快進撃を続け、決勝進出を果たしていた。

この試合、第1セットを落としたフォニュイーニは、第2セットでもデルボニスの強烈なストロークに押され、3度のマッチポイントを握られてしまう。しかし、絶体絶命のピンチをしのいだフォニュイーニはセットカウント1-1とし、勝負の行方は第3セットへ。

第3セットは調子を上げたフォニュイーニがバックハンドのパッシングショットを決めるなどで3度のブレークに成功、最後はデルボニスのバックハンドがアウトしゲームセットとなった。その瞬間、フォニュイーニは両膝を地面につけて喜びを爆発させた。

マッチポイントを握られながらも、逆転で勝利したフォニュイーニは「少しラッキーだった。僕は緊張していたし、良いプレーが出来ていなかったけど、懸命に戦った。それが鍵だった。」と、語った。

26歳のフォニュイーニは、先週行われたメルセデスカップ決勝でP・コールシュライバー(ドイツ)を破り、ツアー初優勝を飾っていた。さらに、22日付の世界ランキングで自己最高となる19位を記録し、初のトップ20入りを果たした。

フォニュイーニのグランドスラム自己最高成績は2011年の全仏オープンベスト8進出で、その時は4回戦でA・モンタネス(スペイン)と対戦し、足の痙攣が起きる中、4-6, 6-4, 3-6, 6-3, 11-9の死闘を制していた。

一方、2007年にプロへ転向したデルボニスは今回ツアー初優勝とはならなかったが、今大会の活躍により最新の世界ランキングで自己最高の65位を記録した。

また、第1シードのフェデラーは準決勝で当時世界ランク114位だったデルボニスに敗れた事で、トップ100位圏外の選手に敗れるのは1998年にプロへ転向して以降12度目、今年だけでもウィンブルドンに続き2度目の事だった。

今週フェデラーは、地元スイスで行われるクレディ・アグリコル・スイス・オープンに第1シードで出場する。

テスト中のラケットが合わないのかなぁ・・・


YONEXチャレンジカップ

開会式昨日、新潟市庭場を会場に第9回YONEXレディースチャレンジカップ新潟県予選が開催されました。

テニステは会場でのYONEX商品の販売・新井麻葵プロによるテニスクリニックのお手伝いをさせて頂きました。

くりにっく3YONEX大村氏によるラケット紹介。(みなさん真剣に聞き入っています・・・。)

クリニック1クリニック2新井プロのデモンストレーションと熱い!!指導を頂きました。

参加者は皆様は試合後にも関わらず、最後まで一生懸命がんばっていました。

皆様、お疲れさまでした


元世界1位ヒンギス ダブルス現役復帰表明

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テニス殿堂入りを果たした元世界女王のM・ヒンギス(スイス)が、先週アメリカのニューポートで行われたセレモニーで、7月29日から開幕するカリフォルニア州サンディエゴで行われる女子プレミア大会のサザン・カリフォルニア・オープンにD・ハンチュコバ(スロバキア)とのペアで、再びダブルスの公式戦の舞台に立つ事が明らかになった。

32歳のヒンギスは現役を引退しているものの、毎年夏に全米各地で行われているプロテニスリーグの「ワールド・チーム・テニス(WTT)」に参加している。今年のWTTも今週から開幕し、初日の15日にはワシントン・キャッスルズの一員として登場。女子シングルス・女子ダブルス・ミックスダブルスに出場し、その全てで勝利を飾りチームの勝利に大きく貢献していた。

ヒンギスは公式戦の舞台に復帰する事について「サザン・カリフォルニア・オープンで、また本格的な競技の場へ帰って来れる事をとても楽しみにしています。1997年にシングルスとダブルスで優勝して、その後の1999年にまたシングルスで優勝を飾った事を覚えています。」と、コメント。

「この大会は、大好きな大会の1つでした。WTTの初戦を終えて、肉体的にもとても充実していると感じています。競技への情熱はまだありますし、コートにも立ちたいと思ってもいます。この大会は再びコートに立つには、最高の大会だと感じています。」

2007年9月以来となる公式戦の舞台に立つヒンギスは、14歳になる直前からプロのコートに立ち、グランドスラムで5度の優勝を含め43ものシングルスタイトルと、37のダブルスタイトルを獲得している。ダブルスでは9度のグランドスラム優勝を飾っている。

ヒンギスとハンチュコバは、2007年にヒンギスが出場したダブルスの最後の3大会でペアを組み出場する親しい間柄。同年3月のマイアミ大会ではベスト4、8月のロサンゼルス大会ではベスト8、その後の全米オープンでは3回戦敗退の成績だった。この年の2月にM・キリレンコ(ロシア)と組んで出場したドーハ大会では、最後のダブルス優勝を飾っている。

大会主催者のアラステアー・ガーランド氏は「このような素晴らしいチャンピオンが、再び公式戦の舞台へ立つ場所を、このサザン・カリフォルニア・オープンに選んでくれた事に誇りを感じます。数日前にテニス殿堂入りしたばかりの彼女が、どんなダブルスのプレーをみせてくれるか、ファンの方々に取っても特別な楽しみになる事は間違いないでしょう。」と、ヒンギスのエントリーに喜びの声をあげていた。


元女王ヒンギスが殿堂入りに・・・。

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チェコスロバキアに生まれ、スイスで育った元世界女王のM・ヒンギス(スイス)。そのヒンギスが先週の土曜日、テニスの殿堂入りを決めた。セレモニーはロードアイランド州ニューポートで行われた。

ヒンギスは1時間半に及んだセレモニーの前に記者会見を行ったが、その際に次のように話している。「私に最も影響を与えたのは母でした。母もプロの選手でしたから。2歳から母と練習を始めました。他にはM・ナブラチロワ(アメリカ)ね。母がナブラチロワと同じ名前を私につけました。その時点で運命は決まっていたようなもの。2歳でテニスを始めた時、彼女と同じ運命を辿るようにプログラムされていたんです。」

セレモニーは途中で雨による25分の中断に見舞われたが、中断後、ヒンギスは「テニスという競技に感謝します。テニスのおかげで世界が開けました。今は何て言ったらいいのか分からない状態です。この感情を説明できる言葉が見つかりません。」と感極まって話した。

32歳のヒンギスは殿堂では4番目に若い元選手となった。前にいる3人とはT・オースティン(アメリカ)(30歳)、B・ボルグ(スウェーデン)(31歳)、そしてH・マンドリコバ(オーストラリア)(32歳)である。

ヒンギスは14歳になる2週間前からプロの舞台に立ち、1997年、16歳の時に全豪オープン、ウィンブルドン、そして全米オープンで優勝を飾った。また1998年、1999年の全豪でも優勝しており、四大大会のシングルスでは合計5勝している。またダブルスでも強さを発揮、女子ダブルスでは9勝、ミックスダブルスでは1勝を果たした。一方、WTAツアーのシングルスでは43勝を挙げ、ダブルスでは37勝、世界女王の座は209週間維持した。

ヒンギスは22歳で一度引退したが、4年後にツアーに復帰、トップ10前後で安定した戦績を残していたが、2007年に足の故障で2度目の引退を決めた。この際、ヒンギスはウィンブルドンの検査でコカイン陽性反応が出ており、2年間の出場停止処分を受けていた。ヒンギスは使用を否定したが、控訴はしなかった。

国際テニス殿堂のトップであるS・スミス(アメリカ)はヒンギスについて「最も完成した選手の1人」と称した。「(パワフルな選手に対して)14歳の時にすでにどう戦ったらいいのか考えることができていた。」

またスミスは「シングルスでもダブルスでも世界ランキング1位を達成し、また四大大会でも5勝を記録したマルチナ・ヒンギスという選手は、間違いなく世界のテニスのエリート選手の1人であり、彼女に伝説のテニス選手の仲間入りしてもらえることを大変うれしく思います。」とも話し、ヒンギスに惜しみない賛辞を贈っていた。


77年ぶりの快挙・・・。

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テニスのグランドスラムであるウィンブルドン(イギリス/ロンドン、芝)は7日、男子シングルス決勝が行われ、第2シードのA・マレー(英国)が第1シードで世界ランク1位のN・ジョコビッチ(セルビア)を6-4, 7-5, 6-4のストレートで下し、グランドスラムで2度目のタイトルを獲得すると同時に、1936年のフレッド・ペリー以来77年ぶりとなる悲願の地元優勝を果たす快挙を達成した。

この試合、マレーは9本のサービスエースと36本のウィナーを放った。さらに、ジョコビッチのサービスゲームを7度ブレークし、3時間9分でマレーが勝利した。

試合後、マレーは「昨年とは全然違う。昨年はとても厳しい経験をしたから、優勝出来て嬉しい。想像を絶するほどの厳しい試合だった。よく勝てたと思う。ストレートで勝てて、とても嬉しい。優勝の瞬間は、何が起きたか覚えてない。」と、コメントした。

昨年のウィンブルドンでマレーは大会初の決勝進出を果たすも、決勝でR・フェデラー(スイス)に敗れ、フレッド・ペリー以来となる76年ぶりの地元勢優勝を逃していた。その後マレーは、同年に行われたロンドンオリンピックで金メダル、さらにL・ロブソン(英国)とのミックスダブルスでは銀メダルを獲得。そして、同年の全米オープンではグランドスラム初優勝を飾った。

「ノヴァーク(ジョコビッチ)とは何度も対戦していて、彼が勝つ事が多かった。彼はリードされても、反撃出来る選手。今日も同じ事になりそうだったけど、なんとか勝てた。」

両者は今回で19度目の対戦となり、マレーはジョコビッチとの対戦成績を8勝11敗とした。

地元のファンには「イギリスから優勝者が出てほしいというのは感じていた。喜んでもらえましたか?」と、話した。

26歳のマレーは、今回の優勝でツアー28度目のタイトル獲得となり、キャリア通算の戦績を413勝128敗とした。

また、マレーとジョコビッチの両者が出場したグランドスラムでは、3大会連続の決勝戦となった。2012年の全米オープンはマレーが4時間54分の死闘を制し、グランドスラム初のタイトルを獲得。2013年の全豪オープンではジョコビッチが逆転で勝利し、大会オープン化以降初となる3連覇を達成すると同時に、大会4度目の優勝を飾った。その後の全仏オープンでは、怪我によりマレーは欠場していた。

以外にも初のグランドスラムタイトル・・・。

これでマレーも一皮むけて、さらに強くなるでしょうねぇ・・・。

おめでとうマレー


クヤシイだろうねぇ・・・。

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テニスのグランドスラムであるウィンブルドン(イギリス/ロンドン、芝)は5日、男子シングルス準決勝が行われ、第8シードのJ・M・デル=ポトロ(アルゼンチン)は第1シードで世界ランク1位のN・ジョコビッチ(セルビア)に5-7, 6-4, 6-7 (2-7), 7-6 (8-6), 3-6の大熱戦の末に敗れ、アルゼンチン勢としては2002年に決勝進出したD・ナルバンディアン(アルゼンチン)以来11年ぶりの決勝進出とはならなかった。

この試合、デル=ポトロは48本のウィナーを放つも、ジョコビッチには80本も決められてしまった。さらに、自身のサービスゲームで3度のブレークを許したデル=ポトロは、4時間43分で準決勝敗退となった。トータルポイント数は、デル=ポトロの178に対し、ジョコビッチは190だった。

試合後、デル=ポトロは「信じられないような試合だったけど、負けてしまったからやっぱり悲しいよ。」と、コメント。

世界ランク8位のデル=ポトロは、2009年の全米オープンで優勝した時以来のグランドスラム決勝進出とはならなかった。しかし、今年のウィンブルドンで大会初の準決勝進出を決めると同時に、2009年の全米オープン以来となるグランドスラム4強入りとなった。また、ウィンブルドンでは自己最高のベスト4進出となった。

「長い時間、芝の上で今までにないような最高のテニスが出来た。あと1歩だったけど、世界ナンバー1に勝つには十分ではなかった。」

WOWOで観戦していたんですが、眠気もふっとぶぐらいの名勝負だったと思います

デルポトロ!!次は優勝だぁぁ